ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

14.紬の繭

こんばんは。

続きですか。。。いいでしょう。

 

★なんの続き?★

①夜の海

②昼の月

③暮の雨

④宵の花

⑤秋の風

⑥浜の声

⑦砂の詞

⑧弦の音

⑨人の街

⑩箱の中

⑪時の運

⑫砂の歌

⑬夢の後

⑭紬の繭 ← イマココ!

 

最後にマユと夜の海で歌ってから、4年が経ちました。

人生って分からないもので、フリーターだった友達も色々あって、割とエリートめなサラリーマンになっていました。

友達はすべてを変えようとしました。

人が変化を嫌うのであれば、友達は嫌なことばかりやって変わりまくることにしたのでした。

はたから見ても取り憑かれたように、今の状況を脱して、別のなにかになろうとしているのがよく分かりました。

それは、あの夜の海から黙って引き返すことしかできなかった自分が情けなくて、悟ったように運命だからしかたないとか思ってた自分にイラついて、とにかくメンタルもフィジカルも強化しようとした結果だったそうです。

友達はマユに嘘をついていたことをずっと後悔していました。

フリーターだったのに見栄張って社会人ぶって、もしかしたらバレてたのかもしれないな、と思いつつ、しかし友達はその嘘を本当にしようと考えていました。

マユのイメージの中の自分になる。

そうすれば、あの日ついた嘘を今からでも真実にすることができるから。

友達にはこれまで、特に人生の目的といったものがありませんでした。

それは何も大げさなことじゃなくって、もっと短絡的な、例えばお財布買い替えたいからお金貯めようとか、海外旅行に行きまくりたいから給料いい仕事に変えたいとか、そんな感じのありふれた欲望すら友達は持っていませんでした。

マユのイメージ通りの自分になるということが、友達にとっては初めて生まれた当面の人生の目的となりました。

そうして田舎から、都会に。

家賃3万のワンルームから、15万の2LDKに。

プヨプヨだったお腹を、軽いシックスパックに。

Tシャツパーカーだった仕事着を、マーガレット・ハウエルのオーダースーツに。

そうすることで、漂うように過ごした20代のオトシマエをつけようとしているふうに見えました。

でも1つだけ変わらないものがありました。

毎日家に帰ったら、ギターを出して歌の練習をする。

エレアコやアンプなんかも買いましたが、やっぱり馴染むのは昔から使ってる安物のギターでした。

友達はその時間をマインドフルネスのようなものだと思っていて、形は変わったけれど、歌や楽器でストレス発散しているのは今も同じです。

4年前の自分と、今の自分はすっかり別人みたいになっていましたが、友達は決してかつての自分を忘れたり、下に見ているわけではありません。

あの時間があったら、自分は今こうしてなんとか社会人をやれてる。

今でもあの時間は友達の宝物で、あの時間を拠り所にして生きてると言っても過言ではありませんでした。

マユとはあれから一切連絡を取っていませんでした。

番号なんかはスマホに残ってますが、今も通じるかは分かりません。

いっそ消してしまおうかとも思いましたが、自分がマユと関わった証拠として残しているのでした。

未経験から正社員になれる仕事ってやっぱり営業職だそうですが、友達はあんな性格してて意外と営業向きだったようで、実績を上げながら何回かの転職でお給料をアップさせていったそうです。

そうして、それなりの企業で法人営業部の課長代理になりました。

プレイングマネージャー的なポジションだったので、部下の管理をしつつ、自分も客先にいって直接商談したりといったこともやります。

 

その日は商談と言うよりも、表敬訪問的な感じで部下のお供でアポイント先へ向かいました。

「30分~1時間ぐらいで、先方の技術部長とアポ取れてるんで、とりあえず技術トレンドの資料説明して、後は空気読みつつペインポイント探っていこうかなと」

部下は友達より3つ下ですが、できる男なのであんまり心配してません。

「基本は任せるよ。技術的なQA来たら俺も答えきらんし、逆にそれ口実にして次はSE連れてこう。とりあえずリレーション構築メインで、仮説作ってきてるだろうからぶつけて反応見ようか」

「ういっす」

「釣りの話とか振ってみなよ。食いついてくれたらラッキーだし」

「雑談力鍛えます」

部下の後ろについて歩く形で、友達はビルに入りました。

受付で要件を伝え、待合のソファに座ります。

さすがに大手はちゃんとしてるなーと感心しながら、スマホをマナーモードに切り替えます。

「どうぞ」

受付のお姉さんに促されるままエレベーターに乗り、高層階まで昇っていきます。

オフィスフロアに入り、応接室に通されます。

「おかけになってお待ち下さい」

お姉さんが部屋を出ていくと、友達は立ったまま部下と小声で雑談します。

眺めいいなーマジでといったようなことを話す内に、ドアが開いて先方が入ってきました。

相手は3人いて、この偉いっぽいおじさんが技術部長、あとは部下かなと思います。

「お待たせしてしまって」

おじさんが鷹揚とした声で言いました。

「とんでもないです。この度はご多忙の中貴重なお時間を頂戴し云々」

部下と一緒に友達は名乗りながら名刺を差し出し、偉い人から順番に名刺交換をしていきます。

まずおじさん。次に横にいた自分より少し上ぐらいの男性。最後に1番若手っぽい女性。

「藤井と申します」

「内藤と申します」

女性と名刺交換をする途中で友達は固まりました。

相手も固まっています。

お互いの名刺をお互いが持ったまま、動けなくなってしまいました。

 

藤井 紡

日下 真由

 

2人の名前が並んでいます。

友達は突然のことに混乱した頭で、相手の顔を見ました。

それまでは特に意識して見てたわけじゃなかったので、今度はちゃんと見ようとしたのでした。

そうして見た相手の顔は、自分と同じくとてもびっくりした様子です。

そういえば、こんな顔したとこ見るの初めてだなー。

「……。つー、」

相手は一瞬名刺に目を落として、またこちらの顔を見つめます。

ぱちぱちとまばたきをすると、

「……。つむぐ、さん?」

友達は相手に笑いかけました。

今度はこっちが、あの頃いつも君がそうしていたように。

 

そこから先はもう、だいたいご想像の通りです。

チョキン・パチン・ストン

話は、これでおしまい

 

***

長いことお付き合いくださり、ありがとうございました。

このお話の全体のタイトルは「セイレーンのまばたき」にしときます。

直球でミラージュでもよかったんですけどね。

 

では!