こんばんは。
じゃあ続き行きましょうか。
★なんの続き?★
③暮の雨 ← イマココ!
わたしはある日、友人のおろちと一緒に古いドライブインで昼食を取っていました。
ナポリタンが美味しくて、あの鉄板の、卵が下に敷いてあるやつ。
あれが大好きなのでニコニコしながら頬張っていました。
「そういやさー」
おろちがアイスコーヒーのストローをくわえながら言いました。
「ツムツムの話聞いた?」
「知らん」
「なんだっけ、フナホちゃんだっけ。意外とうまいことやってるらしいよ」
「フナホちゃん」
「どっかでやらかすと思ってたんだけどなー。あいつ童貞音痴だからおもろいのに、なんか最近個性抜けってってるわ。一生貫いてほしかった。あんなん、今のあいつとか、普通の、……。普通の人だわ。普通のリア充」
「いーじゃん。本人が楽しいんなら」
おろちのストローがずごごごごと大きな音を立てました。
「お下品よ」
「はよ食えって」
そんな陰口を叩かれているとは思いもしない友達は、特に距離が近づくこともなく、相変わらず夜の海で歌って、たまにお昼に遊んだりするぐらいでマユとの時間を重ねていきました。
夜の2~3時間が友達とマユとのコアタイムでしたが、友達にとってはそれっぽっちの時間がすべてで、素性も知らない、手も繋いだことのない女の子が、友達のすべてになりつつありました。
もっとも、友達にはマユの事を探る度胸もトークスキルもありませんでしたが。
その夜も、友達は海辺にいました。
今日は1人でした。
真っ黒の中に響く波の音、シャツの裾をたなびかせる強い風。いつも通り。
空につまようじで穴を開けたように転々と静まる星々は、そんな下界のロケーションなんて知らんぷり。
こんな孤独の中に1人でいたんだなと思うと、友達は少し心細くなりました。
マユは自分と出会う前は、この海で何をしていたんだろう。
歌っていたんだろうかと友達は思います。
自分とはまるで違う、美しい声で、美しい歌を。
昼間の彼女を思い出します。
年相応の明るさとしなやかさを持った、言ってしまえば普通の女の子でした。
でも不思議なのは、女性に免疫がない自分でも、はじめからマユのことはなんともなかったことです。
当たり前のように連れ立って歩いて、当たり前のように会話を交わして、当たり前のように笑い合って、はたから見ても当たり前のようにカップルや兄妹、友人同士に見えたはずです。
ここでのマユ、夜の海にいるマユは、友達にとっては神様みたいなものです。
でも昼間のマユはなんでもない、ただの女の子でした。
どっちが本当の彼女なんだろう。
その夜、結局友達は歌わずに帰りました。
マユがやって来ることもありませんでした。
それでなんとなく疎遠になって、特にお互い連絡を取ることもなく、何日か経ちました。
友達は駅のホームで電車を待っていました。
夕方ぐらいに雨が降り出して、夕立かなと思っていたのですが、いっときごうごうと音を立てて滝のように降っていた雨は、今はぱらぱらと残り物が落ちてくるばかり。
赤い夕日を反射して時折雨粒が光るのが見えました。
もうじき電車がきまーすといったアナウンスが流れるのを聞きながら、ぼーっと反対のホームを眺めていました。
ふと向こうのベンチを見ると、大きなカバンを脇に置いて女性が座っていました。
マユだと思った拍子に向こうもこちらに気がついた様子で、手を振ろうとする仕草が見えかけたところで電車が来ました。
友達は走ってホームの階段を登り、通路を渡り、反対のホームへ降りました。
マユはまだそこにいて、肩で息をする友達を目を丸くして眺めています。
「あれ?」
マユは夜とも昼とも違う、なんというか、イモい格好をしていました。
「今の電車に乗っちゃったと思ってた」
雑に結んだ髪に、黒縁のメガネ。Tシャツの下にジャージをはいています。
「いや、なんか、久しぶりだったから」
友達は息を切らしながら答えました。
「えー。いいの? 大丈夫? とりあえずここ座りなよ」
二人はベンチに並んで座りました。
まだぱらぱらの雨が降っています。
「でもよく分かったねー」
「分かるよ」
「お。さすが私の弟子。あ」
マユは自分の格好に気がついた様子で、
「これはでも、見られたくなかったなー。恥ずかし。油断してた」
「なんかいつもと違う」
「パジャマの次ぐらいだもん。これ」
「家から出てきたとこ?」
「うんにゃ、学校の帰り」
「お、マユ学生だったんだ」
「うん。大学生。夏休みも研究ばっかよ」
「うお、ちゃんとしてる」
「これでも結構頭いいからね。リケジョ」
マユは人差し指でメガネをくいっと上げました。
「つーくんは社会人なんでしょ? 今日休み?」
「うん。有給」
友達はマユの前で見栄をはってますが、実際はフリーターでした。
わたしなんかだと、大学生とか眩しすぎて直視できませんから、ようやるわと思います。
「いいなー社会人。楽しそう」
「そんないいもんじゃないよ。家と職場の往復だし」
「えー。そうなの? 卒業しても、家と学校の往復が、家と職場の往復に変わるだけか……」
げんなりしたような顔をするマユを見て、友達は笑いました。
「ここんとこ忙しくって、夜もすぐ寝ちゃってたからさー。落ち着いたらまた一緒に歌おうね」
「ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます」
「うむ!」
暮れの雨はぱらぱらと降り続きます。
夏の夕日を映しながら、2人の周りを飾ります。
では!
★次はコチラ★