ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

8.弦の音

こんばんは。

続き!

 

★なんの続き?★

①夜の海

②昼の月

③暮の雨

④宵の花

⑤秋の風

⑥浜の声

⑦砂の詞

⑧弦の音 ← イマココ!

 

晩秋の夜は寒さが身にしみます。

そこが海ならなおさらで、乾燥した空気で解像度が増した星空の下では、厳しい風が容赦なく体温を奪っていきます。

寒い。寒すぎる。痛いこれ。風が痛い。

友達が震えながら浜を歩いていると、後ろから「うわー」と言ったのが聞こえました。

「ぎゃーなにこれ寒すぎー」

悲鳴に近い声で叫びながらマユがやって来ました。

「こここれ無理だわ。無理。帰る。帰るよつーくん」

「えええ」

この日はそのまま退散したのでした。

 

「スタジオに行こう」

マユがそう言ったのは、昼下がりの公園のベンチでした。

「スタジオ?」

「カラオケはさすがにギター持ってけないよね」

「カラオケ? ギター?」

「ギターやろう。つーくん」

「ギター?」

「うんギター。でも夜の海じゃ練習できないじゃない」

「うん? うん」

「夜の海はあまりにも寒く、……そして寒い」

マユはニヒルな顔をして言いました。

 

そうして気がついたら楽器店にいました。

生まれて初めて入ったので、友達には周りのものが全部珍しくて、鍵盤や弦楽器、ラッパ的なものはまだ見たことがあるのでいいのですが、よく分からない機械や小さくて変な形をした何かを眺めては、それが何の意味を持つのかを考えていました。

「つーくん来てー」というので、声のする方へ向かいました。

「これ試奏しよー」

マユはきれいなギターを抱えていました。

「はい」

渡されたので、魚の尾ひれのとこを持つような感じでネックを握りました。

「そこ座って」

促されるまま椅子に座りました。

「足組んで。それ左手で持って、そっち右手で抱えて」

マユの指示通りに動きます。

「はいこれピック。親指と人差指で挟んで」

三角のべっこう色をした小さい何かを渡されました。

「左手。こうして、こう。違う違う、こう」

「いでで」

左手の指を今までしたことのない形にされて、そのまま弦を押さえるように言われます。

「うわこれ、これ。きっつ」

「ピックで弦なでて。力抜いて、優しくね」

手元で音楽が鳴りました。

友達にはにわかに信じられませんでした。

こんなに音楽的な音を自分が出したんだろうか。

もう一度弾いてみます。

先程よりもきれいな音が鳴りました。

「つーくん上手。それがF。最初にして最大の試練」

「F?」

「Fである」

マユはうんうんと頷いています。

「極めると指の第一関節がこんな動きできる」

「うわ、キモ」

「今キモって言った? まー最初だし、あんま高いの買ってもね。それとピックと弦とストラップと音叉買って帰ろー。あ、ケースもだ。あ、あとついでにカポも」

友達は人生で初めての楽器を買いました。

安くない金額でしたが、見栄をはるためになんでもない顔をして会計を済ませました。

お金持ってきててよかったーとか、今月は節制せねばとか内心思いながらも、「ギターやったね。めちゃくちゃ教えるからね」と嬉しそうにするマユを見るとどうでもよくなるのでした。

 

最寄りから一駅の隣町にスタジオなるものがありました。

雑居ビルの3階で、エレベーターを降りると少し柄の悪そうなお兄さんやお姉さんとすれ違いましたが、マユは軽い足取りで受付に向かって、なにやら手続きをしています。

「マユじゃん久しぶりー」と受付のピアスだらけのお姉さんが言いました。

「ねー。マジ久しぶり」

軽い調子でマユも答えます。

お姉さんが友達の方を見たので、軽く会釈しました。

「お。またなんかすんの?」

「なんかする」

そうしてマユはこちらへ振り返ると、

「行こうつーくん」

友達はおっかなびっくりマユの後ろをついて行くのでした。

重い防音扉を閉めると、耳の中がなんだかフワフワしました。

8畳ぐらいの部屋に、ドラムセットや大きなアンプなんかが設置してあります。

友達はガタガタと椅子やマイクスタンドを引っ張り出すマユを眺めながら、

「めちゃ緊張する」

「ワクワクするでしょ」

準備が終わったようで、マユは椅子に座ってギターを出しました。

「とりあえず、聞いてよ」

「なんか歌うの?」

「うん」

マユはわざとらしく気取った様子で、

「聞いてください。ミラージュ」

ミラージュって蜃気楼という意味ですが、砂からイメージされる1番きれいなものだと友達は思っていました。

砂漠の蜃気楼から連想されるのって、幻想とか、夢とか、はかないもの。

もしかすると、それを追い求めて、たどり着けないままになってしまった人たちがいるかもしれません。

実際に見たことはありませんが、子供の頃にテレビかなんかに映ってたのを覚えてます。

そこにあるのに触ることができない。

目に見えるのに、見えるだけでほぼ存在しないようなもの。

そんなもどかしさ、切なさのようなものを友達は詞に書いたつもりでした。

そして、書いた通りの曲をマユが作って、歌っていました。

「こんな感じ」

マユに言われて、友達は初めて曲が終わっていたことに気がつきました。

「どうかな」

どうもこうも、友達はただ感動しっぱなしでした。

「すごい」

「ねー。我ながらいい曲だと思う。つーくんの詞がすごくよかったから、すごくノリノリで作れた」

「うん。めちゃいい曲だと思う。マユ天才だわマジで」

「ふふふ」

マユは腕組みをして言いました。

「じゃ、ギター練習しよっか。これの」

「えええ」

その日、スタジオを2時間枠で借りていたそうですが、残り時間で友達はみっちり地獄を味わったのでした。

練習が終わり、スタジオを出て、最寄り駅まで戻ってきて、別れ際に「ばいばい」と振る左手には、感覚がまったくありませんでしたとさ。

 

では!

 

★次はコチラ★

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