ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

11.時の運

こんばんは。

続き! 続き! 続き!

 

★なんの続き?★

①夜の海

②昼の月

③暮の雨

④宵の花

⑤秋の風

⑥浜の声

⑦砂の詞

⑧弦の音

⑨人の街

⑩箱の中

⑪時の運 ← イマココ!

 

人生って運ゲーです。

これはほんとに、残念ながら運ゲーです。

でも、幸いにも運ゲーなんです。

なぜなら、運を掴むには試行回数を増やして確率を収束させればいいからです。

中には1発で引く人もいます。

でも、1発で引けなかったからと言って、意味がなかったなんてことはまったくないのです。

 

冬の寒さも幾分やわらいで、暗く冷たい季節がだんだん終わろうとしているのが分かります。

久々に海に行ってみようとマユが言うので、友達はマユの言う通りにするのでした。

数カ月ぶりの海はやっぱり寒く、まだここで歌は無理かなと思いましたが、それでもなんとなくその寒さも優しくなっているように感じます。

マユと並んで浜を歩きました。

波の音。風の音。砂を踏む音。

その音を聞くと、実家みたいに落ち着きます。

「ここで人知れず歌ってたねー」

マユの白い息が、月明かりで分かります。

「うん」

「ほんとはね、私も、誰も聞いてなくてもいいやって思ってたんだよね」

「なんか、最近怒涛の展開だったわ」

「でしょ。趣味ってそんなもんだと思ってたから。楽しくて、あわよくば一緒にやってくれる人がいたらいいやって」

波打ち際まで来たので立ち止まります。

海の水も冷たいんだろうなと思います。

「もう一生人前で歌うことなんてないと思ってた」

マユは空を見上げて、何でもない顔をしています。

「やっぱ楽しいなー」

本当に、何でもない顔をしています。

「めちゃ緊張したけど、……。楽しかった。俺も」

マユは友達の方を向くと、嬉しそうに笑いました。

「よかった。つーくんのこと、引っ張り回しちゃってたから」

引っ張り回された日々は、友達にとって本当に刺激的で、充実していました。

「次いつやる?」

「次かー。……」

マユは困ったように微笑みました。

「いつやろっか。またできたらいいな」

「あー。もう色々忙しいか」

「うんー。時間取れるかな。取れたらいいな」

「気長に待っとくよ。こっちは暇だし」

「オトナの余裕だねえ。羨ましいっす」

そう言えばマユの中では友達は社会人でした。

それも、お金があって時間もある、独身貴族というやつです。

友達はもう嘘をつき通すつもりでした。

今更真実を打ち明けるメリットがなにもないからです。

「こないだライブ来てくれてた人たちは、友達?」

「ああ。同僚だよ、会社の」

「へー。そっか、会社でも仲いい人できるもんね。確かに」

「マユならどこ行っても余裕だよ」

「想像できないなー。でも、つーくんが言うなら余裕だね」

そんな感じで、とりとめのない会話が続きました。

この寒さだと指が冷えてギターも弾けないだろうな、たまには海でゆっくり話すのもいいかもしれないなと友達は思います。

2人並んで、夜の海を眺めながらぽつりぽつりと会話するのが、なんだか友達には神聖な時間に感じました。

「あと何回、つーくんと歌えるんだろう」

マユが不意に言いました。

「もっと早く出会ってたらなーって最近思うのよ。そしたら、もっと色んなことできたのにな。たらればの話なんかしたってしょうがないけど、それは分かってるんだけどさ」

「俺も思う」

友達は答えます。

「なんで元々ギターやってなかったんだろ、とか。なんでちゃんとした声の出し方知らなかったんだろ、とか。そしたら、マユと出会ってからここまで来るまでの時間も短縮できて、ライブとかもっと回数できたはずだし」

「えー。だめよ」

「え」

「だめだめ。つーくんに歌を教えるのも、ギターを教えるのも、私じゃないとだめなのよ」

「えええ。超ワガママじゃん」

マユは声を出して笑うと、

「そっか。そう考えたら、全然よかったんだ。1回1回が濃かったから、これでよかったんだ。これ以上ないね。これ以上ない」

「そうだね。すべては必然」

「えーなにそれ。カッコいい」

そう言われると恥ずかしくなります。必然とか言ってしまった。

「出会ったのが運命なら、別れるのも運命だと思う?」

マユは海を見ながら言いました。

「永遠に続いてほしいって思うものはすぐに終わっちゃって、早く終わってほしいと思うものがずっと続く」

歌うように続けます。

「時計があるから計れるだけで、時間って主観だもんね。じゃあ時間を止めようと思ったら、周りの変化をおいてけぼりにすればいい。けれど止まった時間の中には意識があるだけ。動けないし、感じない」

「なんかムズいこと言ってんね」

「うん。浮かんだことをスクリーニングしないで、そのまま口から出してるだけだから。これするとなんか頭が整理されるんだよね」

何か整理する必要があるんだろうかと友達は思います。

 

少しずつ暖かくなってきたので、友達は毎日海に通いました。

マユはいたりいなかったりしましたが、マユがいる時間はいる時間で、いない時間はいない時間で友達は練習を続けるのでした。

友達はこのサイクルがもうそれほど長く続かないと思っていましたが、一方でなぜか永遠に続いていくんじゃないかとも思っていました。

夜の海はあまりにもそのままで、はじめから今まで、ずっと夜の海であり続けているからです。

何も変わらないし、何も変える必要がない。

友達は満足していました。

いつもの暗闇を、いつもの月明かりが照らしています。

月光はカーテンのようにギターを抱える友達の所まで降りてきて、頭や肩の輪郭をぼんやりと浮かします。

その姿はまるで深い海の底にいるようです。

 

では!

 

★次はコチラ★

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