こんばんは。
続きですね。。。分かりました。
★なんの続き?★
⑦砂の詞 ← イマココ!
人は変化を嫌います。
当たり前の話で、今いる場所って理由はどうあれ、その人にとってのニュートラルポジションです。
ですから、わざわざそこを離れて未知の領域に飛び込んでいくのってとってもパワーを使います。
朝起きて何をしますか?
ぼーっとしながらトイレ行って、洗面所に行って、顔を洗って、朝ごはん食べて、歯を磨いて、着替えて、家を出るとします。
こんなのわざわざ変える必要ないですよね。
じゃあ朝起きて、着替えて、家出てよと言われたら、「嫌だよ」と答えますよね。
「トイレ行って~歯を磨いて、のくだり、めんどいでしょ」と言われます。
あなたは「こいつイカれてるな」と思います。
相手も同じことを思っているかもしれません。
すでに秋になっていましたが、友達とマユとの関係は平行線です。
夜の海はとても楽しく、充実してます。
マユの時間が取れれば、昼間に遊んだりすることもあります。とても充実してます。
たまに我々のところに相談に来ることもありましたが、答えなんか最初から決まっているのです。
マユが卒業するまで、この状態を持続させる。
卒業したあとのことは知らん。
友達は本気でそう思っていました。
そもそもの出会いからして偶然、なりゆきだったんだから、この後のこともなりゆきに任せるのがいい。
このお話の主人公としてはあまりにもあんまりな思想を持っているのでした。
マユと過ごす時間以外は、友達にとってはあってないようなものでした。
自分は夢を見ている。
逆にマユにも夢を見てもらおう。
自分は社会人で、社会の酸いも甘いも知ってる。年上として人生のアドバイスができるし、経済力もあるので遊びのお金は全部持つ。
もちろん全部ウソです。
嘘でいい。
マユのあの微笑みが維持できるのであれば、最後まで嘘でいい。
男ってこんなアホみたいな考え方しますよね。
それがどれだけ自分勝手か。どれだけ独りよがりか。
「作曲しよう」
ある夜、マユが言いました。
「えええ」
友達は突然のことに思考が追いつきません。
「作詞してよ。他全部私がやるから」
「作詞!?」
「その顔おもしろい」
マユは声を出して笑いました。
「大丈夫だって。私にしか分かんないじゃん」
だからこそ恥ずかしいんだけどと思いましたが、言うと余計に恥ずかしくなりそうでした。
「俺、何もできないけど」
「大丈夫だって。先に私がメロディー考えてもいいし、つーくんの詞ベースで作ってもいいし」
「何から手を付けていいやら……」
「大丈夫だって。頭に浮かんだことでいいのよ。それが言葉だったらいい。たたき台作ってくれたら一緒に考えれるし」
マユの目は本気でした。
「……。絶対笑わないでよ」
「大丈夫だって。絶対笑わない」
「え、どんな内容がいい?」
「任せる。つーくんの言語感覚見るの楽しみ」
「むずい……」
「大丈夫だって」
いきなりとんでもない課題が生まれたと思いました。
ただマユとの何でもない日々を最後まで大事にしようと思った矢先でしたから、友達は気が気じゃありませんでした。
でもマユ本人はえらい乗り気で、断るのも気が引けてしまい、結局友達のほうが折れてしまったのでした。
人は変化を嫌います。
友達の日常に、急遽作詞という激重なタスクが追加されてしまいました。
けれどマユの信頼のためにも、成し遂げねばなりません。
友達にはなんの着想もありませんでしたが、なんとなく、砂みたいな詞にしようと思っていました。
マユと自分とがいつも立っている砂。
海との境目である砂。
砂という言葉には、乾きとか茫漠とか荒涼とか、そんなイメージがありますが、友達にとっては決して悪いものではありませんでした。
自分にとって大切な、マユとの関係をつなぎとめる、象徴的な存在だと考えていました。
かくして日々のこざこざの中に作詞が加えられ、友達は真摯に取り組みました。
一晩考えて何も出てこないので、次の日の晩はお酒の力を借りました。
そうしてできたものをあくる朝に見るとめちゃくちゃだったのでゴミ箱に捨てて、少しずつ、少しずつ良さそうな言葉をメモに書き留めて、韻やリズムといったものをシロウトなりに気をつけながら、だんだんと形にしていくのでした。
そしてその日が来ました。
友達は夜の海で、マユに1枚のルーズリーフを献上しました。
吐きそうでした。
自分の内臓的なものを無理矢理ひねり出すような気持ちでいました。
「おー」
マユは紙を受け取ると、スマホの明かりを頼りにじっくり内容を確認します。
友達にとっては長い長い時間でした。
2人とも黙ったまま、マユは手元の紙を見つめて、友達は足元の砂を見つめて動きません。
「ふむふむ」
どれだけ時間が流れたかは分かりませんが、マユが口を開きました。
「これタイトルは?」
友達は顔から火が出そうになりながら、
「ミラージュ」
「ミラージュ!」
マユの声は弾んでいます。
「いいねー、これ。ほとんど手直しなしでそのまま行けそう。つーくんセンスあるよー。今度は私がちょっと家で色々考えてみる」
「死ぬほど恥ずかしい」
「なんでよー。こんなにいいのに。ほんとに初めて? ミスったな、ギター持ってくればよかったな」
歌が聞こえてきました。
友だちが作った詞にメロディーをつけて、マユが歌っています。
その時の感動を、友達は生涯忘れないと言います。
自分の文が歌になる瞬間が、なにか聖なるものを見るような気がして、自分の何かが許されたような気がして、油断すると泣きそうになってしまうのでした。
「こんな感じ。私のイメージ」
歌い終えたマユが友達の方へ顔を向けます。
「最高」
友達は拍手しました。
「よかった?」
「最高っす」
「よっしゃ、じゃあ今度は私が頑張って仕上げてくるね。タイトルさー、ミラージュってフランス語で何なんだろ。この前つーくんにフランスのお菓子貰ったから、フランス語で行こう」
マユはスマホをいじって調べている様子でした。
「お、あったあった。……」
「何て言うの?」
「……。フランス語でもミラージュだわ」
マユは猫のような顔をしてそう言いました。
では!
★次はコチラ★