ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

6.浜の声

こんばんは。

続き書きます続き。

 

★なんの続き?★

①夜の海

②昼の月

③暮の雨

④宵の花

⑤秋の風

⑥浜の声 ← イマココ!

 

友達は浜の入り口に立っていました。

階段を降りると砂浜が広がっていて、デート中のカップルや犬の散歩をする奥様、部活の走り込み、暇をつぶすJKなど、当たり前ですが、夜に比べるとずいぶんにぎやかです。

いつもの場所にはお爺さんが座っているので、なんとなくその辺をウロウロすることにしました。

薄曇りの空に、薄い色の海。

浜は薄灰色に見えて、ここってこんな海だったんだなと思います。

何でもない、何の変哲もない海です。

昼間に来たことはなかったので、新鮮さ半分、ガッカリ半分といった感じです。

夜のほうがよっぽどいいなと思います。

おーいと言ったのが聞こえたので、振り返るとマユがぶんぶんと手を振っています。

友達は手を振り返して、ゆっくりとその方へ歩いて向かいました。

「早いね」と言って笑う顔は、いつ見ても愛らしいものでした。

マユは背中に荷物を背負っていました。

友達はギターケースだと思いました。

「今日も歌うの?」

「そだよ。弾き語り」

「ギターできるんだ」

「任せなさい」

手頃な流木を見つけたので、2人して座ります。

マユはアコギを取り出して、手慣れた様子でチューニングを行います。

ずいぶん使い込まれたギターでした。

友達は楽器のことはよく分からないので、ただ感心しながらその様子を眺めていました。

「よしOK」

マユはジャカジャカとコードを鳴らします。

「適当にハモってよ」

そうして歌が始まりました。

夜の海でいつも聞くマユの歌は素晴らしいものでしたが、この日はそんなもんじゃありませんでした。

目の覚めるような歌声、ダイナミクスに溢れるギターの音、オーラのある佇まい。

知っている曲も知らない曲もありましたが、友達は頑張ってついていきました。

気がつくと周りに人が集まって、彼女の歌に聞き入っています。

友達は、自分みたいな下手くそが邪魔しないほうがいいんじゃないかと思いましたが、チラッとマユの方を見ると彼女もこちらを見ていて、その顔がとても楽しそうで、本当に楽しそうで。

下手くそなことを忘れて、いっぱしのアーティスト気取りで歌えるような、そんな空気だったそうです。

何曲か歌い終えると、彼女は手をあげて「ありがとー」と言いました。

集まった人だかりから小さい拍手と歓声が起こります。

「これあげる」と言って、目をキラキラさせたJKにピックを渡しました。

「おひねりは結構よ。たまに歌いに来るので、よかったらまた聞いて行ってください」

そう言いながら髪をかきあげるマユは、どこか遠い存在のように思えました。

周りにいた人たちがはけて、また2人きりになりました。

マユは相変わらずギターを抱えて、潮風に目を細めています。

「マユ、上手すぎじゃない? プロかと思った」

師匠の本気を見て、友達は興奮していました。

「歌で食っていけそう」

「歌で食っていこうと思ってたんだよ」

マユは微笑んでいます。いつもマユは微笑んでいます。友達はマユのこの顔しか知りません。

「え?」

「レーベルと契約するとこまで行って、デビューの話とかもあって」

マユは微笑んでいます。

「でもねー、ダメなんだって。私はどうやら、安定した職に就いて家族の面倒見なきゃいけないらしい」

マユは微笑んでいます。

「でも未練あるじゃない。だから夜になったらね、ここに来て歌ったり、歌わなかったりしてた。歌うの好きだからさ、歌い方を忘れたくなかったのよ。家で歌ったら色々言われるし、ちょっとコンビニ行ってくるー、とか言って、1人で夜の海に来て、色々考えてた。でもそのうち色々考えるのがめんどくさくなって、てきとうに歌うようにした。そしたら嫌なこと全部忘れられたから。でね、つーくんに出会った。嬉しかったな。私と同じことしてる人がいて、すごくいい歌だったから。つーくんの歌」

「いや、めちゃ下手くそだったでしょ。最初」

「そんなことない。あんなにまっすぐな歌が、下手なわけない。私つーくんのファンだよ。初めて聞いたときから、今まで」

友達には返す言葉がありませんでした。自分が今どんな顔をしているか分かりませんでした。

「まーでも、上手いことやるよ。つーくん見てたら社会人もいいかなって思ってきたし」

「俺は、……」

友達にはその先が言えません。俺本当はフリーターなんだとか、口が裂けても言えません。

嘘を訂正するのってすごい勇気がいります。だいたい打ち明けたときの相手の反応って優しいですが、それはそれとしてこいつ嘘つきだという評価がされるので。

「いいんだよ。こんな話聞いてくれてありがとね。初めて話した。すごいスッキリした」

言語化って大事だね、と、マユは自分に言い聞かせるようにつぶやきました。

「だから、卒業するまで私の歌の相手してほしいな。つーくんと歌うのほんとに楽しいから。本当に」

マユは微笑んでいます。

「……。もちろん」

それが友達の精一杯の答えでした。

 

では!

 

★次はコチラ★

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