ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

10.箱の中

こんばんは。

続きを書きたくなったので。

 

★なんの続き?★

①夜の海

②昼の月

③暮の雨

④宵の花

⑤秋の風

⑥浜の声

⑦砂の詞

⑧弦の音

⑨人の街

⑩箱の中 ← イマココ!

 

友達にチケット買ってほしいと言われたので買いました。

ついでにライブ見に来てほしいと言われたので行くことにしました。

あの音痴が傾いたなー、でも友達の晴れ舞台だし少しでも盛り上げてやるかと思って、我々はペンライトを買ったり、「TSUM☆TSUM」と書かれた友達の顔写真入りのうちわを制作したりするのでした。

「そういやフナホちゃん見るの初めてだわ」

うちわを眺めながらジュテームが言いました。

「その辺の審査も兼ねてやね」

「生フナホ。……。ツムツムのツレとか想像つかん」

「コメントに困る顔だったら空気やばくない」

「いや、……」

テルミンが会話をさえぎりました。

「ツムツムの話を綜合するに、フナホちゃん心当たりあるわ。確かに急に消えたんだよね、ちょっと気になってたけど。あたしが知ってるあの子がフナホちゃんだったら、多分普通にかわいいしめちゃウマぞ」

「マジ?」

「マジマジ。マジでプロ級だった」

「いやかわいいってとこよ問題は」

「そっちかよ」

 

冬の風はコート越しでも身にしみます。

夜だとなおさらで、ビルの隙間を縫って勢いを増した風に、わたしの顔はどんどんマフラーに埋まっていきます。

「さびー」

「リインカーネーションだろ。そこ曲がって右だわ」

「えらい耽美な名前やね」

「なー。ゴリッゴリのクラブだった覚えがあるんだけど」

他のとこは知りませんが、わたしにとっては クラブ=踊りに行くとこ で、しんみりアコギ聞いたりとか、逆にロックバンドのライブを見に行く的なイメージってそんななかったです。

たぶんわたしが知らないだけで、クラブとライブハウスって同じで、その日誰が何やるかでPAさんとかのお仕事が変わるだけだったんだろうなーと思います。

クラブがあるであろう通りに出ると、それっぽいビルの前でお兄さんがタバコ吸ってたので、

「リインカーネーションてここです?」

「そっすよー」

「あざます」

指さされた地下の階段を降りると黒いドアがあって、中に入るとチークダンスっぽい音楽が流れています。

受付でチケット渡して、手にスタンプ押してもらって、ドリンク代を渡します。

「夜なのに

 僕が見るのは

 青い空」

スカイブルーを眺めながらつぶやくとジュテームが吹き出しました。

「なにその不意打ち」

「これマジ大傑作」

この日はアコースティックなイベントだったそうで、結構人も多く、一時期よりは下火になったかもしれませんが、まだまだ好きな人多いんだなーと思います。

友達の出番は4組中の3番目と聞いていたので、対バン? の人たちの演奏をなんとなく聞きながら、我々はダラダラしていたのでした。

そうして友達の出番がやってきました。

フナホちゃんと一緒にガチガチになりながらステージに出てくる姿が予想通りすぎて笑いました。

「あー。やっぱあの子だわ」

テルミンが腕組みしながら後方玄人ヅラしています。

セッティングが終わり、「こんばんはー」とフナホちゃんが言うと、パチパチと拍手が起こりました。

1組目から全然帰った人がいなかったので、テルミンの言ってたことの信憑性が増します。

「そう言えばユニット名とか決めてなかったので、マユとつーくんです。初めましての人も、久しぶりの人も、よろしくー」

「マユって誰だ」

ジュテームが耳打ちしてきます。

「フナホちゃんの芸名やろ」

「なるほど」

友達はフナホちゃんの横でフレットの位置を確認しているような仕草をしていますが、あれは嘘です。単に恥ずかしいので気を紛らわせているだけです。

「よし行くか」

おろちがうちわとペンライトを構えます。

「OK」

「せーの、」

我々は気を引き締めて、お腹の底から声を張りました。

「ツムツムー!」

友達はこちらを一瞥して、何か見てはいけないものを見てしまったような顔をしました。

「ありがとー」

代わりにフナホちゃんが手を振ってくれたので、我々もうちわとペンライトで答えました。

「じゃあ、時間もおしてるので始めまーす」

テルミンの言った通り、フナホちゃんはめちゃウマでした。

こなれた歌とギターですが、そのレベルが高くて、知らない人でも思わず聞き入ってしまいます。

声のよさと、それを活かすテクニックがバランス取れてて、失礼かもしれませんが、これまでに聞いてきた2組とはモノが違ってました。

でもそれよりもびっくりしたのが友達の仕上がりで、音痴を知っている者からするとほんとに別人で、

「……」

「……」

「……」

言いたい放題言ってやろうと思いながらこの場を訪れた我々でしたが、何も言えませんでした。

上手でした。

ちゃんとしてました。

指に巻かれた絆創膏に気がついて、不覚にもエモいと思ってしまうのでした。

「ありがとー。次の曲が最後です」

フナホちゃんに答えるように拍手が起こります。

「この曲は、私達が初めて一緒に作った曲で、隣のつーくんが作詞しました。ギター始めてからまだ4ヶ月です。ほんと天才」

おお〜といった声が上がります。ノリいいなお前ら。

「私達の出会いってほんとたまたまで、でもその出会いがなかったら、今日ここに私達はいません。こうしてみんなの前で歌うこともなかったと思うから、ほんと奇跡です。いろんな奇跡があって、この曲は、そんな沢山の奇跡を、つーくんが奇跡みたいな言葉で歌にしてくれたんです。よかったら、最後まで聞いていってください」

また拍手が起こります。

そんなハードル上げちゃって大丈夫かなと心配になります。

「それじゃ、いきます」

フナホちゃんは友達の方を向いて笑いました。

友達も笑いました。

あんなドヤ顔は見たことがありません。

「ミラージュ」

 

イベントが終わり、他のお客さんと一緒に我々も外に出てきました。

室内は汗をかくぐらい暑かったので、冬の冷たい風が今は気持ちいいです。

「これツムツムにプレゼントしよう」

友達の顔写真入りのうちわを、おろちが優しいまなざしで眺めています。

「グッズにして物販で売ったらよかったかな」

「音源録ったらいいのになー」

「いやリアルにようつべ上げたらいいのに。絶対儲かるぞ」

クラブを後にして、夜の街を来たときと同じようにダラダラと歩いています。

「え、どうする? 戻って出待ちする?」

急にジュテームがソワソワし始めました。

「今から打ち上げやろ。こっちも飲み行こーや」

「あ、そか」

「いいもん見たなー」

「アコギとか普段聞かんし、逆に新鮮」

そんな事を口々に言いながら、なんだかスッキリした気持ちになっています。

「決めつけはイカンね。ツムツムできる男だったわ」

「癒やされたー」

その夜、我々の荒んだ心もすっかり浄化されたのでした。

 

では!

 

★次はコチラ★

kotoarekashi.hatenablog.com