ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

変な話8

こんな話を聞きました。

 

泉さんの実家のすぐ近くには廃屋があるそうです。

「今まで全然気にしてなかったんですけど、よくよく見ると廃墟なんですよね。その家」

ぱっと見では全然わからないそうです。

車も停まっているし、壁なんかもきれいに見える。

「でも近くでよく見ると、車はボロボロで、壁にもちっちゃいツルが伸びてるんです。表札も外されてて、表の通りから2階の窓が見えるんですけど、カーテンはなくて、窓際に風鈴が吊るされてるのがわかりました」

高校生の頃にその事に気づいて、ご両親にきいてみたんだそうです。

「あー。あの家な。父さんたちが越してきた頃にはもう誰も住んでなかったな。ねえ、母さん」

「そうねえ。柴田さんちのお隣でしょ。あんた昔よく忍び込んでたじゃない」

「え?」

「5歳か6歳ぐらいの頃よ。いなくなったと思ったら、いっつもあの空き家にいたのよね」

「ウソ。全然覚えてない」

「忘れちゃったの? 友だちと一緒に遊んでたんでしょ」

急に記憶にないことを親が言うので、泉さんは混乱したそうです。

「それだけ落ち着きがなかったってこと。あんた目を離したらすぐどこかへ行っちゃって」

「えー。マジ覚えがない……」

 

学校の帰り道、泉さんは一人で歩いていました。

ふと気がついて脇を見ると、あの廃屋がありました。

ボロボロの車。

何かの荷物で雑然とした玄関先。

ひび割れた壁。

見上げると、2階の窓が見えました。

カーテンはなく、窓際に風鈴がぶら下がっています。

泉さんは玄関まで行って、ノブを回しました。

鍵がかかっているらしく、ドアはびくともしません。

子供の頃にここに忍び込んでいた?

どうやって?

かつての記憶を呼び起こそうとしましたが、駄目でした。

玄関のドアの先がどうなっているのか、家の中の様子がまったく思い浮かばなかったそうです。

どうして今まで、自分はこの家を廃墟と認識していなかったんだろう。

そもそもなぜ、今急にこの家が気になりだしたんだろう。

この家のイメージを思い浮かべます。

泉さんのイメージの中では、夜、部活の帰りにこの家の前を通ったとき、確かに明かりがついていたような気がしたそうです。

 

家に帰って、泉さんは大島てるを見ました。

19xx年。夫が妻を刺殺。

 

刺殺。

事故物件。

 

時系列的に、19xx年から10年ほど経ってから、幼い泉さんがあの家に忍び込むようになったものと考えられます。

しかしまったく記憶にありません。

「今思うと、魅入られてたんじゃないかなって。無視すればいいじゃないですか。そんなの。どうでもいいですし。でもあの頃の自分は、なんていうか、放っとけなかったんです。理由は今でもわかりませんが、あの家に入って、確かめなくちゃいけないって、強く思いました。ホント理由はわからないですし、何を確かめなくちゃいけないのか、それも今もわからないんですけど」

 

その日、泉さんは廃屋に忍び込んだそうです。

夜を選んだのは、人目を避けたのか、夜でなければいけなかったのか。

玄関の鍵が閉まっているのはわかっていましたから、泉さんは家の庭を回って小さい窓の下まで来たそうです。

その窓は鍵がかかっておらず、開けるとお風呂場があります。

窓の下は湯船で、降りると「ぱき」と音がしました。

どうやら靴がガラスのようなものを踏み割ったようでした。

そのままお風呂場を出て、廊下を渡ります。

真っ暗闇でしたが、懐中電灯の明かりを頼りに2階へ続く階段へ向かいます。

この突き当りを左に曲がって、更に左に階段がある。

普通、廃屋や廃墟ってやっぱり誰かに荒らされてて、ものが散乱してたり、壊されてたり、あっちこっちに落書きがあったり、それがまた風情があっていいのですが、この家の中はきれいなものだったそうです。

もちろん劣化や風化でガタがきている部分はありますが、特に荒らされた形跡もなく、子供の頃に見たままだったそうです。

階段で2階に上がる。

右から2番目の部屋に入る。

りーん。と音が鳴ったそうです。

大きな窓があって、窓枠に風鈴が吊るされています。

外の明かりに照らされて、てるてる坊主みたいなシルエットになっています。

泉さんは部屋の真ん中まで行くと、その場に座りました。

「わかる?」

虚空に向かって話しかけました。

 

目を覚ますと自分の部屋にいました。

あれ? と思ったのですが、前後の記憶が定かではありません。

そのまま普通に生活して、もう6年が経ちますが、今も普通に生活しています。

 

「夢?」

とわたしが聞くと、

「私もそう思ったんですけど。これ。今も残してます。写真撮ってたみたいで」

と言って、泉さんは写真を見せてくれました。

 

これからその写真をお見せしますが、泉さんは今もふとした拍子にあの家に忍び込みたい衝動に駆られるそうです。

今もその廃屋は泉さんの実家の近くにあります。

いつまで経っても、誰が住むでもなく、取り壊されるでもなく、変わらない姿で周りの家々に埋もれています。

 

写真を見せてもらってから、変な夢を見るようになりました。

夢の内容は大したものじゃなく、廃屋の前に立って、玄関のドアノブをがちゃがちゃしてるだけです。

ただ、その廃屋のディテールがえらいはっきりしてて、まるで現実にその家の前に立っているようでした。

昔の文化住宅にあるような玄関扉、少し溶けたインターフォンのボタン、脇に積まれた何かの荷物、あちこちで葉をつける蔓草、足元のタイル、扉の向こうの気配。……。

 

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※べつに写真そのものは心霊写真的なものではないです。たぶん。

 

では!

 

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