ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

4.宵の花

こんばんは。

じゃあ書きましょうか。続き。

 

★なんの続き?★

①夜の海

②昼の月

③暮の雨

④宵の花 ← イマココ!

 

音痴だった友達がいます。

「音痴だった」で認識できるほどの音痴だったので、音痴なのが個性、音痴なのが長所となっていた友達です。

友達はその大いなるギフトを謎の女「マユ」に矯正され、一般的なリア充へと堕落してしまったのでした。

我々の間でも、「楽しそうだからいいじゃん」派と、「許さん」派とに分かれ一触即発の様相を呈していました。

 

花火大会が近づいていたそうです。

普段通っている海とはまた別の海岸で催されるとのことで、マユを誘ってみようと友達は思いました。

花火大会とか小学生ぐらいで行ったっきりですし、年頃の女性と2人でなんてもってのほか、でもワンチャンマユの浴衣姿が見れるかも、これを機にもっとお近づきになれるかも、などなど、100%混じりっけなしのヨコシマな感情に友達は支配されていました。

家で夕食を取っていると、かすかにぽんぽんという音が聞こえ、「あー今日花火大会なんだ」と思うぐらいの、友達にとっては割とどうでもいいものでした。今年までは。

「ごめん、その日無理なのよー」

ありったけの勇気は即座に打ち砕かれ、

「マユ忙しいかー。こっちこそ気い使わせてごめん」

と答えるので精一杯だったそうです。

今年も晩飯食いながら音だけ聞くんだろうなと思い、実際にそのとおりになりました。

満開の花火の明かりに照らされる、浴衣姿のマユを妄想します。

こちらへ振り返って微笑む姿は、暗闇の中で色とりどりの光に輪郭が浮かんで、とてもきれいでした。

夕食の片付けを終え、壁にもたれて座りました。

ぽん、ぽんぽん。と、遠くで音が鳴っています。

音だけなのに、なんだか涼しい気持ちになるなーと友達は思います。

大学を出て、就活に失敗して、気がついたらフリーター3年目。

どうしよっかなと思います。

じゃあ仮にマユに告白して、OK貰えたとして、フリーターがバレて速攻お別れの未来しか見えない。

やっぱり高望みなんてしないで、今のままでいよう。

十分楽しいし、十分現実逃避になってる。

続く限り続けようと思って、友達はそれ以上考えるのをやめました。

つもりでしたが、じっとしてるとどんどんマイナスの考えが浮かんできます。

あーやばいやばい。

そうだ、海に行こう。海。海!

 

友達は賃貸に住んでたので、部屋を出て、建物を後にし、だんだら坂を歩いて下っていきます。

もう花火大会は終わってしまったのか、辺りはとても静かでした。

歌いさえすれば、歌うことだけでいっぱいいっぱいになれるから、自分は歌わなければならない。

そうです。

友達は歌うのが好きなんじゃなくて、歌ってる間はそれ以外のことを考えなくていいから、逃げ道にしていただけなのです。

そのことに誰も気づきません。

友達も、我々も、マユも。

そうして友達は海までやって来ました。

いつもの風景に心が落ち着きます。

浜に出て、砂を踏みながらのろのろと歩いていきます。

特になんの特徴もない海ですから、夜になると人っ子ひとりおらず、近くに家やお店もないので気兼ねせずにすみます。

ヤンキーなんかがいるのも見たことがないので、本当に、誰からも気にされない海なんだなと思います。

まるで自分みたいだなと思います。

ここにいると、世間から切り離された空間に1人で取り残されたような気持ちになります。

友達はその感覚が好きでした。

誰も知らない。

こんなところで、自分が下手な歌を大声で歌っていることを誰も知らない。

3曲ほど歌って、すっきりした気持ちになっていると「つーくん」と後ろから声がしました。

振り返るとマユが立っていました。

「今日も精が出るねー」

手元でごそごそやっているので、

「今日ダメな日だったんじゃないの?」

「んー」

マユはなにやらカバンから取り出すと、友達に差し出しました。

「ほら。花火。買ってきた。ねー。今日ほんと一緒に行きたかったんだけど、データまとめるのにちょー忙しくて。もう無理になって途中で放置してきた」

花のような笑顔でした。月明かりに浮かんだ輪郭が、とてもきれいでした。

「大丈夫? それ」

友達も半笑いで答えましたが、

「大丈夫、大丈夫。一生のうちのたった1日じゃん。花火ぐらいさせてくれー」

2人はコンビニで売っているような小さい花火を、子供のようにはしゃぎながら夜が更けるまで楽しみました。

誰も知らない。誰にも気づかれない。

この情景は、自分たちだけのものだ。

手元でしゅうしゅうと音を立てる火の花を見つめながら、友達はそんな事を思うのでした。

「つーくん」

見ると、マユも自分の手元の花火を見つめています。

「ありがと」

「ん?」

「いてくれて」

友達がなにか答えようとした瞬間、ちょうどお互いの花火が終わって辺りはストンと真っ暗になりました。

 

では!

 

★次はコチラ★

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