こんばんは。
続き書きますね。
★なんの続き?★
⑨人の街 ← イマココ!
友達にはギターがとても楽しかったそうです。
自分の声以外の音を、だんだん自分の思い通りに鳴らせるようになっていく感覚が楽しくて、暇さえあればギターを触る生活になっていました。
そのことをマユに伝えると、「わー。つーくん放っといても勝手に上手くなっていくタイプだ」と喜ぶので、なおさらやる気が出ます。
ギターを弾きながら歌えるようになるまで、それほど時間はかかりませんでした。
簡単なコードですが、自分の手元で音が鳴っていることがもう楽しい。
教則本なんかも買い漁ったり、クラシックギターの超絶技巧動画を見て感動したり。
ある夜、不格好ながらもスラップ奏法を披露したところ、「うわー。変態だー……」とマユも少し引き気味になるのでした。
もう冬でした。
なんとなく移り変わる季節も落ち着いて、今や完全に冬です。
海に出るのはいよいよ不可能となったので、近頃はもっぱらスタジオで歌とギターの練習をしています。
受付のお姉さんも「おー。ツムグー」と言ってくれるくらいの常連となっていました。
この冬が明けたら、春が来る。
春が来たら、たぶんマユはいなくなる。
友達の心の底に沈着したそんな思いは、日々の楽しさに紛れてかすれていきます。
友達はとにかく楽しんでいました。
刹那的といえばそうかもしれません。
今が楽しいから、いいや。
友達はそんなふうに生きてきました。
そしてこれからも、そんなふうに生きていくつもりでした。
「つーくん。だいぶ仕上がってきたよねえ」
ある日、スタジオでの練習終わりに、マユがほっこりした顔で言いました。
「そろそろ行こっか」
「ん?」
「路上」
路上に何があるんだろうかと思いながら、
「ん? いいけど」
と軽く返事をするのでした。
その夜はスタジオには行かず、最寄りから二駅のところで電車を降りました。
駅を出て、人通りもまばらな、でも全然人がいないわけでもない、そんな通りの途中まで来ると、マユは端っこに座ってギターを出しました。
「ほらつーくんこっち」
言われるまま友達も横に座ってギターを出しました。
「制限時間。お巡りさんが来るまで」
マユはいきなりギターを鳴らして、いきなり歌い始めました。
友達はびっくりして、路上って路上ライブかと今更ながら納得するのでした。
そうしてマユに合わせて歌ったり、ギターを引いたりします。
本当はこんなこと恥ずかしくてできるわけないのに、マユと一緒なら普通にできてしまいます。
不思議だなと友達は思います。
1人だと絶対無理なのに、マユと一緒だと当たり前のようにできてしまう。
人からどう思われても関係ない。
ただマユと歌うのが楽しい。
いつかの海でもそうだったように、道ゆく人々が足を止め、歌を聞いたりし始めました。
「リクエストないですかー」
曲の合間にマユが言います。
練習したことのない曲でも、マユはスコアを見ながらなんとなくそれっぽく弾いて、歌うことができました。
すごいなと思うのですが、友達もノリでそれに合わせることができているのに気がつきます。
ほんの数ヶ月前までは、そんなことができるなんて思いもしませんでした。
マユと出会ってから、友達の世界は激変していました。
一通りリクエストにも答え終わって、周りの空気はなんだか落ち着いた雰囲気です。
「これ。オリジナルです。よかったら聞いてください」
マユはそう言ってまたギターを弾き始めました。ミラージュのイントロでした。
人前で披露するのは初めてでしたが、よかろう。聞かせてやる。
この夜1番の気合の入りようで、友達は練習の成果を発揮するのでした。
歌い終わると、ホストふうのお兄さんがきて、
「上手いやん。自分ら。どっかハコでもやってんの?」
「ううん。路上ばっかだよー」とマユが答えます。
「チケットさばくとき言うてや。買うたるで」
「ありがとー」
お兄さんは友達の方を見て、
「なんや、しんみりしてもーた。兄ちゃんええ声しとるやんか」
そう言って1万円札をギターの弦の間にはさみました。
「頑張りや」
「え。あ、」
友達は声が喉につっかえて中々喋れません。
「あ、……。ありがとうございます」
やっと声が出たと思うと、一緒に涙も出てきました。
お兄さんは友達の返事を背中で聞きながら、軽く手をあげて夜の街に消えていきました。
友達はすっかり感動してしまって、思わずマユの方を見ると、マユは子を見守るお母さんのような顔でうるうるしていたのでした。
帰りの駅のホームで電車を待つ間、友達は余韻に浸っていました。
知らない人に自分の歌がうまいと言われたこと、また自分の歌にお金を出してくれる人がいることに、ただ胸がいっぱいでした。
「いやーよかったね。私もちょー久々だったけど、やっぱお客さんいるといいよね」
「なんか色々ありすぎて、感情が追いつかん」
マユはわははと言って笑うと、
「ねー。感動した。つーくん、よかったね」
「うん。ヨカッタ」
友達はやる気ないときの鬼太郎みたいな顔で頷きました。
「ほんとよかった。ね。言ったでしょ。つーくんの歌いいもん。どこに出しても恥ずかしくないよー」
「マユのおかげだよ。……。マユと一緒なら、自分もマユみたいに上手くなった気になれる」
「えー?」
マユはびっくりしたような声を上げました。
「違う違う違う。つーくん。なんか勘違いしてるみたいだからちゃんと言っとくけど」
真剣な顔で続けます。
「私は下手な人とはやらないよ。頑張って練習して、前向きに、上手くなろうとしてる人がいたとして、その人の応援はするけど、でもその人が下手だったら、一緒にはやらないよ」
お世辞でも友達にとっては嬉しい言葉でした。
「そこんとこシビアだよ。つーくんは声いいし、ギターの上達早いし、いい詞書くから。私達が欲しい要素全部持ってるから、だから一緒にやりたくなったの。つーくん、自分を卑下しすぎよ。つーくんならもっと先に行けるよ。これからもっと色々できるようになる。作曲とかも教えるからさ、それで、……」
マユはそこまで言って、はっとしたような顔をしました。
「あ、……。ごめん」
なぜ謝ると友達は思いましたが、口には出しません。
「ごめん。ちょっとアツくなってしまった。つーくんの気持ちも聞かないで。ダメだなー。なんか自分と重ねてしまう。重いね。ほんとごめん」
「いや、……」
友達はフォローもかねてすぐに言葉を続けました。
「迷惑なんか、全然。むしろ感謝してる。マユに教えてもらった全部が、めちゃ楽しいから。正直、それだけでマユについていってる。これからどうなるとか、あんま考えてなくてさ。ただマユと歌ったり、ギター弾いたりするのが楽しいから、そうしてる。けど、マユができるって言うなら、できる気になるし、マユが大丈夫って言うなら、大丈夫な気になる。俺単純だから、楽しかったらなんでもいいし、マユに関わることは全部楽しい」
ホストふうのお兄さんに言われた、「兄ちゃんええ声しとるやんか」という言葉を思い返します。
「1人で夜の海にいた頃には想像もしてなかったことが、今起こってて、んで、それは全部楽しい。全部マユが運んできてくれた」
マユは乙女のような顔で友達が話すのを聞いていました。
「つーくん。……。ありがと。よかった」
そうして力強い笑顔で、
「じゃあ、やるか! ライブハウス!」
「えええ」
「ここまできたら、行くとこまで行こーぜい!」
マユはぐっと拳を握りしめて、目をキラキラさせるのでした。
では!
★次はコチラ★