こんばんは。
では続きとでも行きましょう。
★なんの続き?★
⑫砂の歌 ← イマココ!
夜になったので、友達はいつものように海へでかけます。
部屋の鍵をしめて、エレベーターのところまで行きましたが遠い階にいたので、階段で降りることにしました。
すれ違う人もない、静かな夜でした。
人よりヤギのほうが多いような田舎なので、海までの道のりはいつも静かでした。
だんだら坂を降りる道すがら、昼間であればあっちの遠くに海の青いのが見えるのですが、今は夜なので真っ黒です。
友達は何も思いません。
体が勝手に動くので、何かを考える必要もないからです。
嫌なことを忘れに海に行って、ストレス発散して帰ってくる。
それが今までの生活のルーティーンでした。
でも今は違います。
海へ行ったら会いたい人がいるから、友達は海へ向かいます。
最後の外灯の下を通り過ぎると、浜へ出る道に入ります。
足元の感触がなんだかフカフカしてきて、自分が砂を踏んでいるのが分かります。
もうこの界隈は庭のようなものなので、てきとうな当たりでつまずいたりすることもなく、波打ち際までゆっくりと進んでいきます。
空には星が静まって、耳元をかすめる風の音や、海からくる波の音を友達と一緒に聞いているようです。
まんまるの満月がこうこうと光っています。
波の立つ形、空の雲の形、浜についた流木の形、いつもより鮮明に分かります。
流木に座ってギターを抱える形の方へ、友達は歩いていきます。
「マユ」
声をかけると、形は振り返りました。
「つーくん」
「早いね」
「うん」
隣に行って友達も座りました。
そうして持ってきたギターを取り出します。
2人ともそれきり何も喋りませんでした。
遠くの波の間から魚が跳ねるのもよく見えました。
海はもう温かいんだろうかと思います。
ぼーっとしてる内に、なんとなくマユがギターを鳴らし始めました。
知ってる曲だったので、友達もなんとなく合わせて弾き始めます。
それでなんとなく歌が始まって、なんとなく時間が過ぎていきました。
なんとなくで始まったのですが、歌ってるうちにやっぱりテンションは上がるので、何曲か歌い終わった頃には少し汗をかいていました。
友達が水を飲んでると、横で次の曲が始まりました。ミラージュでした。
自分の曲、というと、友達は作詞以外何もやってないのでちょっと違うかもしれませんが、これは自分と、マユの曲だといつも思います。
自分が考えた恥ずかしい歌詞も、マユの美しい歌声に乗れば全然気になりません。
いつも通り、大事に歌いました。
そして歌が終わりました。
歌い終わるとマユはギターを置きました。
顔は海の方を向いています。
「ふー。おしまい」
砂が目に入ったのか、ぱちぱちとまばたきをしています。
「つーくん、ほんと上手くなったよね。歌も、ギターも。こんな短い時間で。すごい」
「まだまだ」
「ううん。本当にすごいよ」
マユは目を閉じました。
「ずっと続けてほしい。続ければ、これからも上手くなってくから。……。それで、また聞けたらいいな」
友達は抜けてる方ですが、さすがに察しました。
「マユ。……」
「また一緒に歌えたらいいな」
そう言って友達の方へ顔を向けると、マユは軽く友達と唇を重ねました。
人生初キスだったので、友達はびっくりしてフリーズしています。
その姿を見ながら、「えへへ」と言ってマユは笑いました。
「今日でおしまい。今まで本当にありがとう。私、職場が県外になるからさ。もう来れないのよ。明日引っ越し。ごめんね、何も言わなくて」
覚悟はしていました。突然だとも思いませんでした。時期的にそろそろだろうなーと、こうなることは予想がついてました。
「私はしばらく歌う余裕なんかないんだろうな。残念。歌えないのも残念だし、つーくんに会えなくなるのも残念」
マユは微笑んでいます。友達はマユのこの顔しか見たことがありません。
それはマユがこの顔しか友達に見せたくなかったからです。
夜の海の思い出を、2人にとってきれいなものにしておきたかったからです。
ですから、マユは微笑んだまま、大きな涙をぽろぽろとこぼすのでした。
「やだなー。やだよー」
友達はそれを見てもらい泣きしてしまって、声も出せないありさまです。
そっと抱きしめてやって「バカヤロウどこにも行かせねえウチに来い」と声をかけるのがイケメンの作法ですが、友達はその辺まだまだ童貞です。
出会うなりに出会って、別れるなりに別れることが、2人の運命のなりゆきなんだと、自分を納得させようとしました。
なぜ引っ越し前日のクソ忙しいときに、いつもより早くマユは海に来ていたのか、という所まで頭が回らないのが友達のお茶目ポイントです。
月の光。風の感触。波の音。
誰も知らない、誰も気にしない、誰にも気づかれない、2人だけの世界は、この日もいつものように、2人を優しく包んでいるのでした。
「あー」
マユは顔を上げて鼻をすすりました。
そうして空を見上げながら、
「あー。泣いた泣いた」
袖で涙を拭うと、
「泣かないって思ってたのになー。やっぱだめだ」
マユはハンカチを出して、友達の涙を拭いました。
「つーくんの涙もらい。持って帰ろ」
わざとらしく笑うと、こちらへ手を出してきました。
「握手」
友達は促されるまま握手しました。冷たい。温かい。
マユは握った手をぶんぶんと振って、
「お互い頑張ろう」
そう言って手を放しました。
「マユ。あの、……」
「ん?」
「……。ちゃんと飯食って、ちゃんと寝て。……。元気で。体調には気をつけて」
マユは笑いました。とても嬉しそうでした。
「つーくん、先生みたい。はーい。わかったよー」
これで最後なのかと思いました。
なにか言わなきゃと思いました。
「それから、あの、……」
「ん?」
「……。ありがとう。こちらこそ、本当に。楽しかった。……。悪くない。悪くないんだよ。マユが思ってるほど、これから先って全然悪くない。楽しんでほしい。それで、……」
友達はマユの顔を初めてまっすぐ見ました。
「また会えるよ。絶対」
マユは何でもない風でしたが、その手は固く握られています。
「ほんとに?」
「絶対」
「……。わかった」
マユは静かに立ちました。風になびく髪が月明かりを反射して銀色に光ります。
「それじゃあ、またね。だね」
「うん」
友達も立ち上がって、
「また、いつか」
そうして2人は別れて家路につきました。
友達は帰って、部屋の壁を見つめたまま次の日の昼ぐらいまで微動だにしなかったそうです。
では!
★次はコチラ★