ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

変な話3

こんな話を聞きました。

 

飲み屋で知り合ったおっちゃんが武闘家で、自分の道場なんかも持ってました。

飲み屋から近かったので何人かで道場にお邪魔して、そのまま2次会をしていたときに聞いた話です。

 

おっちゃんは定期的に山籠りをしていたそうです。

山に籠もってなにすんのという話ですが、体の鍛錬は普通に道場でやればいいので、もっぱら精神面の修行なんだそうです。

で、具体的に何をするのかというと、何週間なら何週間、何ヶ月なら何ヶ月、生きること。

それだけだそうです。

「ただ生きさえすればOK。それだけでもの凄い経験になるよ」

道場の2階がおっちゃんの生活スペースだそうで、囲炉裏なんかがあって和風な感じもあり、一方ででっかいアクアリウムがあったり、ご機嫌なジャズファンクが流れたりといった感じで無節操でしたが、高校の頃に友人宅でたむろしてたことを思い出すような気安さがあって、居心地はめちゃ良かったです。

「うちのちっこい車に乗る分かな。テントとか、寝袋とか。それだけ積んで、あとは現地調達だよ。食べ物は魚や山菜、キノコなんかがメイン。もちろん調味料も持っていくよ。私はグルメだから。あとはお酒を積めるだけ」

山の深くに入ってのんびりするだけやんけと思いますが、実際はそうもいかないようです。

「最初の2週間が勝負。最初の2週間はね、よそ者扱いされるから」

特に夜は、緊張で気が狂いそうになるんだそうです。

夜の闇や、山そのものから敵意を向けられているような感覚になり、小さな物音でもいちいち気にかけなければいけませんし、もしも動物に出会ったら、それがウサギやタヌキ、シカみたいな無害そうな動物だったとしても、今にも襲いかかってきそうな気勢に決死の思いになるそうです。

「けれど、そこを過ぎるとね、まるで自分が山と一体化したような不思議な境地に至るんだ。思うに、人間のにおいが取れるんだろうね。人間のにおいとは、自分の体臭なんかはもちろんだが、いわゆる人間的な生活感、人間の世界でのしがらみ、人間の常識、煩悩や欲望。そういったものが一旦リセットされるんじゃなかろうか。その頃には自然と靴もはかなくなるし、自分が持ってきたものも、別にいらないかなコレ、ってなる。山の一部として、もっと言うと、山の仕組みや営みといったものに組み込まれて行くんだろう」

その感覚がたまらないんだそうです。

山を降りると、人間の世界にめちゃ違和感があって、また無意味に感覚が研ぎ澄まされて、しばらくはオドオドしながら暮らすはめになるんだとか。

ほえー。といった感じで聞いていました。

流石に山籠りはしたことなかったので、おっちゃんの話は面白かったです。

「そうするとね、不思議なことが起こる」

夜、一人で焚き火をしていると、いろんな生き物が集まってくるんだそうです。

鳥が頭にとまるなんか当たり前で、例えば蛇なんかが来ておっちゃんの横でぼーっとしています。

おっちゃんが盃にお酒を入れて蛇の前に置いてやると、細い舌をチロチロしてお酒をなめて、酔っ払ったようにニョロニョロしたり。

「ウッソだー!」

「ほんとほんと。山籠りしてみて。私の言ったことがわかるから」

「無理ー!」

一度だけ、夜の焚き火の来訪者に変なものがあったそうです。

「エロ大根ってあるじゃない。あの、大根の根が分かれて人の形みたいになってるやつ。あんなのが来たな」

不意に気配を感じたのでそちらを見たところ、網代笠で合ってるのかはわかりませんが、そんなお坊さんの傘みたいなのをかぶったエロ大根のでかいのがいたそうです。

座って火にあたっている様子で、ほのおに照らされた顔は傘に隠れていましたが、小さい口があるようだったので、

「今晩も冷えますな」

と言っておっちゃんはお酒の入った盃を差し出しました。

エロ大根はこちらを向いて少し会釈すると、盃を受け取りました。

おっちゃんの方も、好きなだけいてくれればいいといった感覚でまた焚き火を見つめていました。

酔っ払っていたので前後が定かではありませんが、気がつくとエロ大根はいなくなっていて、彼の座っていたところに空いた盃とあけびが3つ置いてあったそうです。

 

帰りがけに、ガレージの車を見せてもらいました。

車のことはよく知らないのですが、すげーお金のかかってるっぽいカスタムのされた昔のランクルがキラキラしてました。

「山籠りとかする割にむちゃキレイっすね」

「インスタに上げて外人からコメント貰うのが生き甲斐よ」

と言っておっちゃんはにっこり笑うのでした。

 

では!