ことあれかしだった

ちいさい怪談や奇譚を細々と書いています

フィクション

こんばんは。

デスバレーって今50度以上あるんですね。気温。。。

ほんとに地球?

 

シングルファザーの知り合いがいます。

小学生ぐらいの息子さんと二人で暮らしています。

奥様はすでに他界されているのですが、お子さんが5歳ぐらいの頃に若年性アルツハイマーにかかり、日に日にご主人のことも、お子さんのことも忘れていってしまったそうです。

ほとんどの期間は入院されていたそうですが、お見舞いに行くたびに初めましてから始まり、子供のようになった奥様はお子さんと一緒に遊ぶのがとても楽しそうでした。

ご主人は奥様を愛していて、それは奥様がどんな状態になっても変わることはなかったそうです。

お子さんは物心ついたばかりでしたが、なんとなく自分の母親がどんな状態になっているのかを察することができる、とても賢い子でした。

努めて気丈に、父親と二人の生活を送っていました。

やっぱり免疫も落ちるらしく、奥様は合併症にかかり、余命幾ばくもないと医師に告げられた時、ご主人はすでに覚悟を決めておられたようですが、息子さんにどう伝えるかをとても悩みました。

ただでさえ変わってしまった母親が、今度はこの世からいなくなってしまう。

ご主人も仕事で帰りが遅くなることもあり、幸いご両親が近くに住んでいるため息子さんは実家に預けることができました。

ただ、寂しい思いをさせていることは確かで、どうやって解決していけばいいのかも見えない。

息子さんは寂しがって泣いたり、ワガママを言ったりすることは一切なかったそうです。

だから余計にご主人は苦しみました。

奥様を愛していたがゆえに、亡くなったら切り替えて、息子のためにも新しい伴侶を見つけよう、といった気になどなるはずもありませんでした。

そうして、例年より少し寒い春の柔らかい日ざしが気持ちいい日に、奥様は亡くなりました。

ずっと入院していたわけですから、それで生活が一変するようなことはありません。

これまで同様、息子と二人の静かな暮らしが続いていくのです。

ただ、どこかにぽっかりと穴が空いて、穴の中を乾いた風が吹き抜けていく感覚。

同じことを息子さんが感じているかはわかりませんでしたが、母親の死をきちんと理解して、また受け入れている様子だったそうです。

ご主人は、息子のことを妻から託されたように感じていました。

男手ひとつでも、立派に育ててみせる。

そうしてこれまで以上に働き、また息子さんも父親がいない時間もひとりで文句一つ言うことなく過ごしていたそうです。

ある夜、その日も帰りがすっかり遅くなってしまい、ご主人は家の玄関を静かに開けました。

もう息子さんは眠っているでしょうから、なるべく音を立てずに荷物を片付けて、背広を脱いで軽い夕飯の準備をします。

布団はちゃんと着てるかな、と思って息子さんの部屋へ行き、そっと扉を開けました。

絵本を読む声がします。

亡くなった奥様の声でした、

声の方へ近づいていってみると、息子さんが眠っています。

その胸に、スマホが抱きしめられていたそうです。

機種変更をする前のご主人のスマホで、奥様が息子さんに絵本を読み聞かせる様子を撮った動画が流れていたそうです。

ご主人は息子さんに布団をかけて、静かに部屋を後にしました。

そしてお風呂場へ行って扉を閉めると、その場でおいおい泣きました。

これまで押し留めていた感情が堰を切って溢れ出し、涙が枯れた後はうわ言のように、ごめんな、ごめんな、といつまでも呟いていたそうです。

 

この話を聞いた時わたしは号泣してしまって、フィクションだろこんなの。フィクションじゃないとやってられないと駄々をこねました。

「わかった。わたしに任せろ。お前の息子はわたしが面倒見る」

「いや。……」

ご主人は急に真顔になって、

「ふしの、絶対子育て向いてないわ」

おい!!!!!!!!!

 

あ、今は心を入れ替えて、時間の自由が効く仕事に変えて息子さんと仲良くやっているそうです。

再婚云々については、やっぱり二人にとって亡くなった奥様の存在が大きすぎて、この人ならと思えるような人がもしも現れれば、といったぐらいで考えているとのことでした。

平坦な道ではないでしょうけれど、どうか幸せになってほしいです。二人とも。

 

では!